「歌舞伎座で認められるのが役者の目標」
歌舞伎座では5月、6月と八代目尾上菊五郎(47)・六代目菊之助(11)親子の襲名披露公演が行われた。豪華な俳優陣が華を添え、若手注目株・中村鷹之資さん(26)も加わった。
歌舞伎座の舞台に立つことは、役者にとって特別な意味があると鷹之資さんは語る。
「歌舞伎を上演する場として最大の規模を誇る劇場で、今日の歌舞伎の中心地とも言えます。この舞台で何の演目に出るか、どの役を演じるのか。歌舞伎座の舞台で認められることが、歌舞伎俳優にとって一つの目標になっていると思います」
鷹之資さんは、5月に『勧進帳(かんじんちょう)』で義経の家来・駿河次郎を演じ、6月には義太夫狂言の名作『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』の一幕、「車引(くるまびき)」に出演。三つ子の兄弟の中で一人敵側に仕える松王丸を勤め、「隈取り(くまどり)」の顔で力みなぎる見得を切り、大きな存在感を見せた。

5階「歌舞伎座ギャラリー」に展示されている松王丸のイラスト前で見得を披露してくれた
先人たちの魂が宿る舞台
歌舞伎座は1889(明治22)年に、木挽町(こびきちょう=歌舞伎座周辺の古い地名)に開場。その後、4度の建て替えを経て、2013年に「第五期」歌舞伎座が完成した。著名な建築家・隅研吾氏が手掛けたデザインは、戦前の第三期、戦後の第四期の意匠である瓦屋根や唐破風(からはふ)など桃山風の優雅な趣を踏襲する一方で、白を基調とし縦線を強調した高層オフィスビル「歌舞伎座タワー」を併設、伝統と現代を見事に調和させた。

29階建ての高層ビルと伝統的日本建築が合体した「第五期 歌舞伎座」 写真提供:松竹(株)
「130年以上も同じ場所で数多くの名優を見守り続けた劇場です。先人たちの魂が宿っていると感じます」と鷹之資さんは言う。
「『オペラ座の怪人』ならぬ歌舞伎座の怪人が潜んでいて、一生懸命役と向きあっていないと、怪人が出現するかもしれない──そんな威圧感もありますが、それ以上に温かさも感じます。2年前、父(五世中村富十郎、2011年に81歳で死去)の十三回忌追善として、この舞台で『船弁慶』を演じました。すごく緊張しましたが、劇場の持つ力に後押しされ、今の実力以上の力を発揮できた気がします。歌舞伎座には、不思議な魔力があるのです」

役者を育てる歌舞伎座の客席は1904席ある 写真提供:松竹(株)

2022年に自身の勉強会「翔之會」(国立劇場 小劇場)で、「船弁慶」の平知盛に挑んだ鷹之資さん。翌年2月、父の十三回忌追善狂言として歌舞伎座でその成果を披露した 撮影:松田忠雄 舞台製作:松竹株式会社
亡き父と演じた『勧進帳』『連獅子』
歌舞伎俳優にとって、歌舞伎座はかけがえのない「わが家」でもあると鷹之資さんは言う。
「僕が生まれたとき、父は赤ん坊の僕を抱いて病院から歌舞伎座へ直行。楽屋にいた方々に『生まれました!』と報告した後、家に連れ帰ったそうです。幼いころは楽屋やロビーでよく遊んだので、その舞台に立つ際は、『帰って来た』と感慨を覚えます。同時に、襟を正さねばという気持ちにもなるのです」
卓越した舞踊で知られた人間国宝の父・富十郎さんと共演した大切な思い出もある。2009年、歌舞伎座で開催した富十郎さんの傘寿(さんじゅ)を記念した自主公演「矢車会」で、当時10歳の鷹之資さんは、父が弁慶を演じる『勧進帳』で義経を勤め、親獅子・子獅子の情愛を表現する舞踊劇『連獅子』では、父と2人で踊った。
「一緒に舞台に立つことで、僕に伝えたいことがたくさんあったのだと、今になって気付きます。あの時の弁慶は、父の集大成でした。『勧進帳』の弁慶を演じることが、僕の一番の目標です。肌で感じた父の芸を指針としつつ、自分なりの弁慶を極めたい。そのためにも、今はさまざまな役で場数を踏むことが大事です」

(左)劇場1階「大間」(右)「四階回廊」に飾られる父の功績をたたえるパネルの前で
歌舞伎座の楽しみ方はいろいろ
観劇の目的以外でも十分に楽しめるのが、第五期歌舞伎座の特徴だ。鷹之資さんに歌舞伎座のお薦めポイントを聞いた。
「駅からのアクセスもいいし、バリアフリーも徹底しています。芝居を見なくても、木挽町広場で買い物ができるし、カフェや屋上庭園でゆったりとした時間を楽しめます」
東京メトロ日比谷線、都営浅草線の「東銀座」駅に直結している「木挽町広場」は、歌舞伎座タワーの地下2階にある。大提灯(おおちょうちん)が目印で、縁日のような心浮き立つ雰囲気だ。歌舞伎グッズや和雑貨、和菓子など、目移りするほど多彩なお店が並ぶ。

隈取りが描かれたクリアファイルやハンカチ、『勧進帳』『義経千本桜』などの絵柄を焼き印した「歌舞伎狂言煎餅(せんべい)」が定番の土産物
正面玄関横の「歌舞伎稲荷神社」も人気のスポット。興行の大入りや観客・舞台関係者の平穏無事などを祈願するお稲荷さまだが、記念撮影をする訪日客などでいつも人だかりができている。
その裏手にある「お土産処 木挽町」にも、歌舞伎俳優のグッズなど歌舞伎にちなんだ土産物がズラリとそろう。鷹之資さんのお薦めが「鼻・のど甜茶飴(てんちゃあめ)」と京菓子「益壽糖(えきじゅとう)」だ。
「甜茶飴は、演劇や音楽関係といった喉を酷使する職業に愛用者が多い。でも、売っている店が少ないので、僕は他の劇場に出ている時でも木挽町まで買いに来ます。益壽糖は父の大好物でした。僕が歌舞伎座に出演している期間だけ、木挽町の店頭に並ぶので、観劇と併せてお求めいただければうれしいです」

(左)インバウンドに大人気だという鷹之資さんのクリアファイル(右)「中村鷹之資丈おすすめ」とポップに書かれた益壽糖と、甜茶飴を持つ鷹之資さん
四階回廊には歴代歌舞伎座の建物模型や、名優たちのパネルが展示されている。そこから「五右衛門階段」を上れば、歌舞伎座の大屋根の上に緑の空間が広がる。知る人ぞ知る銀座の「屋上庭園」は、無料で楽しめる憩いの場だ。幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎狂言作者・河竹黙阿弥の自宅の庭にあった石灯籠などが置かれている。
庭園に面する日本茶喫茶・茶菓の店「寿月堂」も隅研吾氏の設計だ。約3000本の竹を使った和モダンの空間で軽食や抹茶スイーツを楽しめる。その隣の歌舞伎座ギャラリーでは、歴史を含め、歌舞伎のイロハをカラフルなパネルで展示。インバウンド向けに英語も併記している。

(上)無料で開放されている屋上庭園(左下)歌舞伎の歴史を築いた人々の功績をたたえる「先人の碑」(右下)黙阿弥邸から移築した灯籠と蹲踞(つくばい) 写真:ニッポンドットコム編集部

(上)歌舞伎座ギャラリーと寿月堂の入り口(下)鷹之資さんが同田貫正国を演じた『刀剣乱舞』(2023年7月)のポスターもパネル展示されていた

四階回廊と屋上庭園を結ぶ五右衛門階段。大盗賊・石川五右衛門の有名なセリフ「絶景かな、絶景かな」にちなんだ名前で、歌舞伎座の大屋根が間近に見える 写真:ニッポンドットコム編集部
いざ観劇へ!
鷹之資さんは今後も大忙しで、2023年に新作歌舞伎として上演され好評を博した『刀剣乱舞』(7月、東京・新橋演舞場、8月、福岡・博多座、京都・南座)、『流白浪燦星(ルパン三世)』(9月、京都・南座)に出演。そして10月3日、10回目となる勉強会「翔之會」を浅草公会堂で開催する。演目は「奴道成寺」「弥生の花浅草祭」。後者は三社祭を題材にし、4役を早替わりで踊り分ける変化に富む演目で、中村勘九郎さん(43)と共に踊る。
歌舞伎初心者でも、新作歌舞伎や翔之會の公演は十分楽しめる。基本的に歌舞伎座の公演は昼夜2部制で、それぞれ4時間前後の長丁場だが、初心者なら興味のある演目に絞って「一幕見席」を試してみるのもいい。前日の正午にネット予約すれば1000~2000円で気軽に観劇でき、数は少ないが当日券も販売される。
何はともあれ、まず歌舞伎座探訪を楽しもう。400年の歴史を持つ伝統芸能への敷居は意外に低いことを実感できるはずだ。

正面入口の左にある一幕見席の切符売り場と入口 写真:ニッポンドットコム編集部
歌舞伎座
- 住所:東京都中央区銀座4-12-15
- アクセス:東京メトロ日比谷線・都営浅草線「東銀座」駅3番出口直結、 東京メトロ銀座線・丸ノ内線・日比谷線「銀座」駅から徒歩5分
- 屋上庭園/歌舞伎座ギャラリー:入場無料 *展示内容は定期的に入れ替わる
撮影=松田 忠雄
ヘアメイク=山口公一(SLANG)
取材・文=板倉君枝(ニッポンドットコム編集部)
バナー写真:歌舞伎座に誘う中村鷹之資さん









