あどけない表情に、頭がやや大ぶりな体形は純真な幼子を思わせる。三重との県境、奈良北東を流れる室生川の北岸に立つ室生寺・弥勒堂(重要文化財)の本尊として安置される弥勒菩薩像である。
弥勒菩薩は神々のいる兜卒天(とそつてん)で修行中の身で、釈迦(しゃか)の没後、仏の教えが失われた暗黒の時代が続いた56億7000万年後にこの世に現れ、如来となって人々を救済すると信じられている。飛鳥時代に日本に伝わり、平安時代に弥勒浄土信仰が盛んになって、修験道(しゅげんどう)にも取り入れられた。
足を組み、頬に手を当てて衆生をいかに救おうかと考えを巡らす「半跏思惟(はんかしい)」のポーズが伝来当初の弥勒菩薩を象徴するものだった。平安期以後は密教の影響で坐(ざ)像や立像が多くなり、他の仏像との見分けがつかなくなった。本像も立ち姿だが、古くから弥勒堂の厨子内に安置されているので、弥勒菩薩と考えられている。

芳香を放つ、緻密な木目の白檀(びゃくだん)は古来、神聖な木としてあがめられ、仏像や仏具の素材として欠かすことのできないものだった。木目の美しさや香りを生かすために彩色を施さず、素地のままに仕上げた仏像は「檀像」と呼ばれ、日本にも数多く招来した。熱帯に自生する白檀は日本にはなかったが、奈良時代になると木質が似ている檜(ひのき)や榧(かや)を代用材として檀像風の仏像が多数つくられるようになった。
髪に群青、眉と瞳に墨、唇に朱のわずかな彩色のみで、榧の素地(そじ)をそのままに仕上げた本像も、典型的な檀像風彫刻と言えるだろう。両腕や瓔珞(ようらく=装身具)、天衣なども本体と同材で彫り出されており、8世紀末から9世紀初頭に制作されたものと推測される。室生寺の中で最も古い仏像である。

「腰に巻いた衣のゆったりと波打つようなひだの表現の繊細さに驚く」と写真家の六田知弘は語る。「1200年以上も前に生きた人間の手によって、この繊細な造形の御仏が彫り出されたとは信じ難い。弥勒という未来仏を彫り上げたその仏師にとって、彫るという行為そのものが、将来に向けての深い『祈り』だったのでないか」

檀像風ではあるが、どこか高貴な香りが漂ってきそうな尊像である。
弥勒菩薩立像
- 読み:みろくぼさつりゅうぞう
- 像高:0.94メートル
- 時代:平安時代
- 所蔵:室生寺
- 指定:重要文化財(指定名:木造弥勒菩薩立像)
バナー写真:弥勒菩薩立像 室生寺蔵 撮影:六田 知弘
