奈良斑鳩の里にある法輪寺は一説には622(推古30)年、山背大兄王(やましろのおおえのおう)が父・聖徳太子の病気平癒を願って建てたと伝わる古刹である。近くに聖徳太子が掘ったとされる三つの井戸があることにちなみ「三井寺」とも呼ばれる。聖徳太子と関わりの深い法隆寺からも歩いて15分ほどの距離にある。
本像は寺伝では虚空蔵菩薩とされるが、実際は観音菩薩として造立されたのではないかと考えられている。
左手で軽くつまむように水瓶を持ち、右の腕を曲げ手のひらを上に向けている姿は、法隆寺の国宝・百済観音像を写し取ったかのようだ。

頭頂から台座までクスノキの一木造りであることや、腰周りがややふっくらとしているものの、全体としては肉付きの薄い平面的な立ち姿も共通している。ただしプロポーション的には百済観音に比べて顔や耳、手が大きいように思える。

優美なほほ笑みを浮かべる百済観音に対し、法輪寺の虚空蔵は彩色がはく落した木肌に半眼で唇を一文字に結び、素朴な印象だ。

実は、法隆寺の百済観音像は江戸時代までは虚空蔵菩薩と称されていたが、明治期に土蔵から観音菩薩を象徴する宝冠が発見され、以降、「百済観音」として親しまれるようになった。
聖徳太子を観音菩薩の化身とする太子信仰の中心の地である斑鳩にあって、法輪寺が法隆寺の観音菩薩を模して造像したことは想像に難くない。両寺の仏像はいつの頃からか虚空蔵菩薩と呼ばれるようになり、宝冠の発見を機に法隆寺の像は本来の観音菩薩の名で呼ばれるようになったが、法輪寺の像名は虚空蔵のまま取り残されたのではないか。

「これほど穏やかなたたずまいの仏像を私は他に知らない」と写真家の六田知弘は語る。「明り取りの窓からの柔らかな光を浴びて浮かび上がる姿はため息が出るほど美しい。そこから発せられる静かな息遣いを伴う独特の波動は、少し離れたところからカメラをのぞく私をも優しく包み込んでくれる」
虚空蔵菩薩立像
- 読み:こくうぞうぼさつりゅうぞう
- 像高:1.75メートル
- 時代:飛鳥時代
- 所蔵:法輪寺
- 指定:重要文化財(指定名:木造虚空菩薩立像)
バナー写真:虚空菩薩立像 法輪寺蔵 撮影:六田 知弘
